• 2023年8月17日
  • 2023年8月18日

クリニックで大切にしたいこと

 当院は開院したばかりのささやかなクリニックですが、ありがたいことに少しずつ来院してくださる患者様が増えています。メンタルに関するどんな悩みにも対応することを目指していますが、より具体的に方向性を定める必要があると考えるようになりました。

 以下は、臨床心理士の先生を雇用するにあたって、試験ではないのですがメンタルヘルスケアに対する考えを知るうえで良い問題ではないかと思い、お出ししています。

 これが正しい、という答えはなく、経験に裏付けられたその人なりの臨床観を丁寧に記述してほしいという願いが込められています。

 一応、答の例として私の考えを書いてみました。事例Aさんは実在する人物でなく、過去に私が経験した症例を接ぎ合わせたり変更しています。

問)あなたにとって「光」とは何か、簡潔に述べよ。また、「光」が臨床心理の現場にどう活かされたか、経験した一事例を元に論を展開せよ。

答の例)
 光とは目に見えるものでありながら、波であり、粒子でもある、多義的な性質を持つ存在である。闇に光がもたらされたことによって、全てのものに意味が与えられた。
 そして光の性質によって、私たちは物事について一義的に決めつけることを慎まなければならないことを要請される。言い換えると、私たちは常にあらゆる解釈と可能性を模索しながら、生きなければならない運命にある。

 私はうつ症状を抱えて来院した40代の男性会社員Aを診察した。Aは専業主婦である妻と一人息子を抱え、一家の大黒柱として彼らを支える役目を担わされていた。
 しかし、妻は長年パニック障害を患っており十分家事をこなすのは難しく、また息子は友人から疎外される形で不登校に陥っていた。Aは仕事が終わるとスーパーで惣菜を買って帰り、キッチンで簡単な副菜を作って家族に食事を提供しなければならなかった。
 加えてAは会社で課長に昇格したばかりで、部署のオーガナイザーとして、さまざまな個性を持つ部下たちを取りまとめるプレッシャーにさらされた。
 Aは自身の状況を「家庭でも職場でも、過大な期待を背負わされているような気がして、にっちもさっちも行かない」と述べた。

 Aには仕事から離れて休む必要があったが、さりとて家庭でもパニック発作に見舞われる妻と自室に閉じこもる息子の世話をしなければならず、職場にも家庭にも居場所がない状況だった。ここでは教科書的に休んで薬を飲めば良い、と言った紋切り的な対応はできなかった。

 私はクリニックがAにとって、職場と家庭の緊張関係とは無縁の空間(避難所、あるいはアジール asylum)となるように配慮した。なぜなら、Aの状況は了解可能であって、もし心理療法的に彼の認識を変容させることができたとしても、彼を取りまく人間関係に対する解決にならないと感じたからである。
 そしてAに必要なのは「求められる関係」からの避難であって、心ゆくままに過ごせる場所を提供することであると私は考えた。

 折しも私は精神医療におけるアジールの役割に関心を持っており、自身のクリニックで具体化できないか模索していた。「居場所の創造」にこだわるようになったのは、固定された空間(診察室)において患者が改善するのは不自然に思え、いちど患者・治療者という奇妙な二者の関係性を解き放つ必要があるとの思いからだった。
 関係性の放棄にはそれなりの逡巡があったが、何より心地よい空間が精神に与える影響を私は幼少期から感得してきた。こうして、空間に依拠した治療の場を作ることにした。

 「居場所の創造」における理論的土台として、イエス・キリストの復活後、初代教会での信徒の共同生活に注目した。初代教会に関心を持ったのは、私がクリスチャンとして、また日本人として、そして医者として隣人としての患者さんに何ができるのかという問いに答えるものとしてふさわしいと感じたからである。
 長い伝統を持つカトリック教会の教えを受けた私にとって、それはどこか遠い異国の習慣のように思えた。そして、中世の神学や現代に連なる哲学をかじって消化不良を起こすより、じかにイエスと生きた使徒たちの手作りの教会(それは日本と同じアジアに属するパレスチナの匂いも含有しているに違いない)を徹底的に理解することが、心理臨床にも生かせるのではないかと思ったからであった。

 具体的にはクリニックの設計にあたって、いくつかの工夫をした。私は患者・治療者の二者関係よりも、「避難と療養の場」としてのクリニックを作りたかった。このためには横になって休めるベッドや自由に団らんできる部屋が必要となる。
 まず、小さな処置室を作り、そこに折り畳みベッド、丸椅子、点滴台、点滴セット、心電計、身長体重計などを備えた。周囲から遮断された薄暗い空間で、私は患者と何気ない話をしながら、採血をしたり、鎮痛剤や抗うつ薬の点滴をしたり、ときには電気刺激のパッドを頭や背中に当てたりしている。エビデンスに基づいた治療を目指すというよりは、患者との対話とは異なるモダリティを導入することで、患者に豊饒な治療文化があることを楽しんでいただきたいという気持ちが強い。
 先ほどのAのケースでも私はじかに彼の腕に注射針を刺して点滴したり、電気刺激をしたりした。Aは「うつ病の治療でも単なる内服だけじゃないんですね」と述べ、少し驚いていたが、職場や家庭から隔絶された治療空間を体感しているようであった。
 
 次に自由に団らんできるスペースであるが、これは現在は通常の心理室として機能しているのみである。ここでAはSCT(文章完成法テスト)を受けてもらい、結果をもとに家族など重要な他者との対人関係について見直すカウンセリングを心理士に行っていただいた。
 手狭な部屋ではあるが、近い将来にこの部屋を開放して円座を作り、AA(アルコール・アノニマス)やACA(アダルトチルドレン・アノニマス)のような「言いっぱなし、聞きっぱなし」の会合を行いたいと思っている。
 語らいの場の提供を重視しているので、アノニマス・グループのように障害を一つに絞る必要はないと考えている。自己を語り、他者を知り、黙って受け止めてもらう・受け止めるという「分かち合い」体験は、現代の過剰で私たちの頭を悩ませる「共感」とは異なり、一種の清涼剤になるのではないだろうか。
 ビートルズのLet it beという歌で、困難に打ちひしがれているところに聖母マリア様がやってきて、智慧の言葉 ”let it be(神のみ旨のままになりますように)”とささやいてくださるという歌詞があるが、まさに受け入れがたい困難でも何かに身を任せるという気持ちで一歩前を踏み出せるような場にしてほしいと思う。Aに興味を持ってもらえたら、ぜひこの会に参加してほしいと思っている。

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