躁うつ病、このいと紛らわしきもの(躁うつ病)

躁うつ病イメージ

うつ病と非常に良く似た症状を示し、しばしば鑑別(区別)に難渋する病気に躁うつ病があります。躁うつ病はその名の通り、躁状態とうつ状態を繰り返す病気です。

躁状態の時にはいわゆるハイな状態となり、あまり寝なくても体力が充実している、大量に買い物をするようになる、気持ちが大きくなりおしゃべりになるなど、他者から見てもいつもと違うと感じる症状が見られます。

しかし、躁うつ病は見逃されやすい病気と言われています。なぜなら、躁うつ病の多くは長いうつ状態をベースとして、ときおり躁状態になるというのが典型的な経過だからです。明らかな躁状態が何週間も続けば躁うつ病の診断は容易ですが、4日程度の躁状態しか示さない軽躁病エピソードの場合も多くあるのです。

つまり、うつ病だと思って長らく抗うつ薬を内服していた患者さんが突然、躁状態を示し(躁転すると言います)躁うつ病に診断名が変わることがあるのです。躁うつ病では、抗うつ薬で躁状態になりやすいため(「焚き付けて」しまうため)、気分の波を抑える気分安定薬が治療の主体となり、診断名が変わると処方がガラッと変わってしまいます。

うつ状態を訴えて来院される患者さんに、必ず今まで躁状態があったかどうかを伺うのは、このような理由があるからです。

ちなみに気分安定薬には躁状態を抑える(あるいは予防する)リチウム製剤(商品名リーマス)、バルプロ酸(商品名デパケン、セレニカ)、ラモトリギン(商品名ラミクタール)などがあります。

リチウム製剤は化学の「水兵リーベ…」でお馴染みの元素記号3のアルカリ金属で、オーストラリアの精神科医ジョン・ケイドが1950年前後に偶然、躁状態に効果のあることを発見したのが始まりです(Wikipediaより)。

このように躁うつ病の診断は難しく、医者泣かせとも言われるのですが、ここ10~15年のトレンドで躁うつ病の診断がさらに複雑になっているという問題があります。

どういうことかと言いますと、うつ病と躁うつ病は全く異なる病気という訳ではなく、スペクトラム状に(虹色のように)躁状態とうつ状態のバリエーションがあるという『双極スペクトラム仮説』が有力になったという経緯があります。

そのフロントランナーとして、レバノン出身のアメリカ人精神科医アキスカルがいるのですが、彼は最終的にうつ状態から躁状態までの範囲を越えて、統合失調症から認知症まで11種類の双極スペクトラムがある、と提唱しました(仙波、精神経誌、2011)。ここまで来ると、何をもって躁状態と言うべきか、分からなくなってきます。

ただ、アキスカルの影響力は大きく、僕の研修医時代には、昔であればパーソナリティー障害と診断され、長期間の精神療法の対象になっていた患者さんたちが、「あの患者さんがリストカットをしたのは軽躁状態になったからだ」と言うような認識をされ、診断名がパーソナリティー障害から躁うつ病に変わり、気分安定薬が投与されるようになりました。

これはこれで、パーソナリティー障害という病名に対する偏見が少なくなり、より医学的(生物学的)に患者さんを診断・治療できるようになったというメリットがあったのですが、同時に躁うつ病という病名の質的な意味合いがごった煮のようになり、精神科医・心療内科医の間に混乱が生じたと言う問題もありました。

精神医学は哲学に似て、高明な学者の仮説なり提唱なりに影響を受けて、病気の概念が大きく変わるということを繰り返す歴史があります。個人的には精神医学は量子力学にも似ているかもしれないと思い勉強中です(量子力学は真に理解している人がいないにも関わらず、使い方だけは分かっている、と評されることもあるそうです)が、この話題はいつかブログにしたいと思います。躁うつ病の概念もそのような影響を受けているのです。