女性のメンタルヘルス

女性のメンタルヘルスイメージ

「世の中って、ねぇ、人が思うほどいいものでも悪いものでもありませんね」(モーパッサン『女の一生』)

19世紀フランスを代表する作家モーパッサンの傑作『女の一生』では、親子、恋愛、結婚、夫婦、子育て、老いなど、女性が生涯に遭遇する数々の試練を見事に書き上げています。

冒頭の科白は主人公ジャンヌのベビーシッターであったロザリが、物語のラストにジャンヌに向けて語る言葉ですが、試練の最中に世間は辛い、厳しいものとか思えないのではないでしょうか。(ちなみにジャンヌとロザリの関係も複雑なのですが、ここでは割愛します。)

医学的に見ても女性は初潮、月経、妊娠、出産、更年期というホルモンを介した劇的な変化に定期的に見舞われ、男性とは異なる身体やメンタルの感覚を持って当然だと思います。

事実、うつ病だけを見ても女性は男性の2倍近く多く、厚生労働省の統計では平成26年の調査で男性40万人に対して女性70万人となっています。

さて、女性に特有のメンタルヘルスの問題は、女性ホルモンに関連した月経、妊娠、出産、更年期の際に顕著に見られます。以下でそれぞれの症状と治療について解説いたします。

(1)月経に関連したPMS, PMDD

生理(月経)の1〜2週間前にイライラや涙もろくなるなどメンタルの変化や頭痛・腰痛など身体の不調を感じ、生理が終わると消失する月経前症候群(PMS)は、ご存知の方も多いでしょう。

PMSの中でもメンタルや身体の不調が強く、日常生活や仕事に支障が出るような状態を、月経前不快気分障害(PMDD)と言います。

PMSはピルや漢方薬(桂枝茯苓丸など)で症状が軽くなることが多いですが、PMDDですとこれらでコントロールするのが難しくなり、心療内科に紹介されることもあります。このようなときは生活や人間関係で困っていることはないかお話を伺うのに併せて、少量の抗うつ薬や抗不安薬を用いると改善することが多いです。

(2)妊娠中に起こる問題

妊娠したことが分かってから嬉しい反面、自分が母親としてつとまるか、経済的にやっていかれるか、仕事はどうなるか、など不安になり、一時的に抑うつ状態なる方がいらっしゃいます。なかには、妊娠したことに気づかず何となく気だるいのはメンタルのせいかもしれないと心療内科を受診して、妊娠を指摘されるケースもあります。

妊娠初期はつわり(妊娠悪阻)などもあり、大変な時期です。つわりに対しては産婦人科でもよく処方されますが、半夏厚朴湯という漢方が不安にも効果があります。

また、すでに心療内科で薬を内服している場合は、その薬を妊娠中も継続するか主治医と相談する必要があります。特に気分安定薬パルプロ酸(商品名デパケン)など、明らかに胎児に影響があると分かっている薬は中止する必要があります。

以前は抗うつ薬も胎児の心臓に奇形が出る可能性があるため、極力控えるようにしていましたが、最近はより胎児に影響が少ないと考えられている抗うつ薬(商品名イフェクサーなど)が使用できるようになったため、妊娠継続に母親のメンタルの安定が欠かせない場合には、抗うつ薬を継続することが増えてきました。もちろん、リスクとベネフィットを妊婦さんにご説明して同意を得た上での処方となります。

(3)出産後に起こる問題

出産後の女性が妊娠前の状態に戻るまでにも、女性ホルモンであるエストロゲンが急激に低下するなど劇的な変化を経験します。

ちなみに、陣痛と分娩は英語でlaborと呼ばれるくらい重労働で、初産だと1回の分娩で2,000 kcalほど消費するとの研究があります(遠藤ら、1971)。ラグビーなどハードなスポーツと同じくらいのエネルギーが必要なのです。

「マタニティー・ブルー」と呼ばれるうつ状態は比較的よく知られていますが、まれに精神的に錯乱状態になり、一時的に幻覚妄想を経験する「産褥期精神病」が起きることがあります。

前者はパートナー(夫)や家族のサポートと、場合によって少量のお薬で良くなることが多いですが、後者は入院治療が必要なこともあります。

(4)更年期に起こる問題

「日本の女性の閉経年齢は50歳である」と医学生時代に産婦人科の教授に教わったことを、なぜか今でもはっきり覚えています。

この閉経の前後5年、つまり45〜55歳ごろの期間を更年期と呼び、女性ホルモンであるエストロゲン分泌の急激な減少が見られます。エストロゲンの減少によって、メンタルや身体に様々な変化が見られます。ほてりやのぼせを感じるホットフラッシュや集中力が低下したように感じるなどは、ご存知の方も多いでしょう。

また、エストロゲンはコレステロールを下げ、骨を丈夫にし、肌ツヤを保つ作用があるため、更年期および閉経後はこれらと逆の現象が見られます。つまり、コレステロールが上がり、骨が脆くなり(骨粗鬆症)、皮膚にうるおいがなくなるのです。

更年期障害の治療として、ホルモン補充療法や漢方薬、場合によって抗うつ薬・抗不安薬が用いられます。

いかがでしたでしょうか?女性特有のメンタルヘルスをご紹介するだけでも大変な分量になりました。治療法についても細かくご説明したかったのですが、私の集中力が尽きてしまいました。それだけ、女性が健康を保つのは大変なことなのですね。。いつか、ブログで男性特有のメンタルヘルスについても書きたいと思いますが、今日はこの辺で失礼いたします。